「泣いている人の心の寄り添いに」心の病と向き合うプロフェッショナル
山本美穂子さんインタビューVol.1

ーどんなお仕事・活動をされていますか?

山本美穂子(以下 山本)今、キャラクトロジー心理学協会の代表理事をしております。それとは別にHERT IN TOUCH合同会社というところで、そこの代表を務めながらさまざまな心の問題、ヒーリングであるとか、心理学であるとか、カウンセリングであるとか、それらに携わる業種のお仕事をしております。

ー皆さん、どのような心の悩みをお持ちなのでしょうか?

山本 本当にいろんな方がいらっしゃるんですけれど、例えばうつとか引きこもりとかそういった現実的に問題のある方もたくさんいらっしゃいますし、肉体的なご病気によって自分自身をどのように保っていいかわからない方。
またそういうご家族にそんな方がいらっしゃることによって自分がどうやって自分自身を保っていけばいいのかわからない方。

ほとんどの方が「この自分とどう付き合っていけば良いかわからない」「自分をどう保っていいかわからない」というところが主な主訴になっています。

ーお悩みを持った人が、山本さんに会うにはどのようにしたら良いでしょうか?

山本 今は月に1回メルマガを出しています。私自身の「この気、なんの気、気になる気♪」というメルマガを出していて、そこでセッションをオープンしています。

ー月1回のメルマガを読むと個人セッションをしてもらえるのですか?

山本 個人セッションのお知らせはそこで出しています。例えばイベントとか講座とかに関しては、これはキャラクトロジー心理学協会の公認の講座というということになるので、キャラクトロジー心理学協会のホームページ見て頂ければ、さまざまな講座が載っています。

心理を学ぶ、心理を知るというのは本当に「これさえ知っていれば良い」というものではなくて、目に見えない心の世界であるが故に様々な角度から知っていくことが必要なんです。

各論として例えば心の中のさまざまな領域を知るということと、総論としての構造レベルでどのように組み立てていくか。あるいはどのような構造があるのかを知らずして心理を学ぶこともカウンセリングをすることも結果を出しにくいと私は思っているんですね。

なので、まず構造を知るということ。心の仕組みを知るということ。

その上で自分自身の何が起こっているのかわからない、どうしたらいいかわからない領域に取り組んでいかれるといいかなと思っています。

ー今のお仕事をするようになったキッカケみたいなものはありますか?

もともとは自分自身がすごく病んでいたとか、親子関係の中で虐待とか、例えば学校の中でのいじめとか、その中で、なぜこれが起こっているのかがわからなかったし、本当に小さな時、小学校3年ぐらいの時かな、子供が泣いているのに大人がそばにいないなんておかしいと思って。

その時にわたしは「大人になったら泣いている人のそばに寄り添ってあげたい」と思ったのが最初だったんです。

だけど、どんどん自分が成長するにつれて自分自身が壊れて行ったんですね。泣いてる人のそばに寄り添うどころか、自分自身がどうにもならない泥沼の中に巻き込まれていったんですね。そこから抜け出せなくてもがいていた。

自分がそこから肉体的な病気を経て「もうこれは私の考え方が何かおかしい、私の在り方が何かおかしい」と思ったのが27歳の時。

それで、手術を経て体は元気になったけど、現実そのものや自分の内面は何一つ変わっていない。

これではやばいなと思っていた時にまた病気が再発するんですね。

病気っていうのはいったん治っても、何がその原因で、その原因が変わらない限り再発の可能性が高いんだということを体験を通して学びました。

そして、自分の考え方や自分の感情を癒しながら、そうすると出会いがあって、結婚をして、子供が生まれたんですよ。

その子供に対して、自分がされたことと同じことしかできない自分に気が付いたんです。

それで自分を癒さなきゃいけないと思って、必死に探してアメリカのマイアミにあるバーバラ・ブレナン・ヒーリングサイエンススクールというところをみつけて、1歳の子供がいたんですけど通ったんです。

4年間。凄いお金も掛ったんですけど本当にあれが転機でした。

ーアメリカに渡米されてどのように変わられたのですか?

まず自分が見ている世界、この世界は自分の見ているような世界ではないんだなと。そうじゃない世界もあるんだということを体験できたというのがまず一番大きいです。

世の中には、愛にあふれた世界や安心安全の世界が確かにあるんだ。お金では買えない本当に価値ある世界がそこにあり、私はそこに属していることができるという感覚があって。そのことが「この世界のどこかに自分の居場所はある」と確信するに至る最初でした。

また自分にも価値がある、愛というのは無条件の愛と条件付きの愛ってあるんですね。

それまで自分が条件付きの愛の中でしか生きていなかったんだということを体験的に理解して、無条件の愛ってこんな世界なんだということを体験できたことは、その後の人生に自分の生活の中にそれらを探し始めるようになれたんですね。

みんな生きづらいのは自分の見ている人生が本当にそれだけなんだと信じているんです。世界はつらくて苦しくて生きにくくて自分にはどうすることもできないってみんな信じているんです。でも「そうじゃないんだよ」って言われたとしても体感というか、体験的にそれが入っていなければ、それらをもう一度自分の人生や生活に作り出すことは出来ないんです。

ーアメリカから帰ってきてからどんな活動をされ始めたんですか?

アメリカから帰って大変なことになって、主人の浮気、別居して離婚。

また病気が再発し、幼稚園児の子供を抱えてわたしは九州の実家に帰らざるを得なくて。でも実家も帰ってくるなって言われて、近所にアパートを借りて生活を始めたんです。

それで、その時に本当にいろんな仕事をしないと生きていけない、というとこにいたんですが、何もできなかったんですよ。ヒーリング以外。

ヒーリングだけしかできない。

肉体的な病気もあったし、精神的にパニックになってしまうところもあったので、外にも出れなくなったんですが、自分ができることは「学んで得ることができたこの4年間の大学の中でヒーリングしかないな」と思って、それをしようと思ったんです。

当時はまだ何のツテもないし、集客とかいう言葉も全然一般的じゃない頃だったんですけど。現在の集客というのは、例えばSNSを通してであるとかホームページを通してであるとかいろいろなやり方があると思いますが、当時はそういうものもなかったんですね。

なので、ブログで自分の日常のことだけ書いて、一切集客はせず、口コミで広がっていったんです。

ーそこからどんな感じで事業を展開されていったんですか?

まず、最初は自分で個人セッションだけを続けました。

個人セッションは本当に集客ということはしなかったのですが、何をしたかというと自分自身の内面をクリアにしていくというワークをし続けたんです。

つまり、ブログに書く、外に出ていくと言う時に怖いと思っている、自分が外に出るのが怖いと思っている場所がある。そうすると怖いと思っていたら生活のために働かなければいけないのに、書いてる文章にもそれが出る。

自分の在り方にも出るんです。なので、「なぜ怖いと思っているのか」ということを自分自身の子供時代の体験の絡まっているところをみつけて、そこを癒していくというこの作業をし続けました。

そうすると1個解決すると予約がパタパタパタッて入る。入った予約の1つ1つに対してプロとして誠実に答え続ける。相手のニーズに寄り添うということを続けたんです。

これはバウンダリーの本にも書いてありますが、ニーズをかなえることがプロではないんですね。相手のニーズを知って、ニーズに寄り添うことがいかに心地よい形で寄り添うことができるのか、そこがプロとしての在り方だと私は思っています。そうすると必ず紹介が入るんですよ。

それでその紹介の紹介でどんどん広がっていって、仕事で困ることはなかったんですけれども、離婚して数年経って、また出会いがあって結婚していった時に「自分だけ癒されてもダメなんだな」っていうのが、結婚生活を通してわかっていくんですね。

とは言え相手にどう伝えようかと思っても聞き入れないんです。

それはもちろん私自身が未熟であるということも大いに関係していますが「どうしたら聞いてくれるの?」って。「あなたが言っていることはあなたのイメージだよ」とか「あなたの価値観だよ」と。

「わたしの価値観は違うんですよ」と言っても、まったく聞き入れることなく、男性は男性社会の「女は黙って家事をしていろ」みたいなところもあるし。

私自身の子供時代の無欲な子供の場所でどうやって、この人に気に入られられるのかということを演じ続けてる限りうまくは行かなかったんです。

「じゃあ、どうしたら聞いてくれるの?」って聞いたら、「人がいっぱいいる授業形式なら聞いてもいい」って言われて、「じゃあ、人を集めてください。」ってお願いしたんですね。すると

「なんで俺がそんなことをしなくてはいけないんだ。」
「いやそんなことを言わずに。」

と、ここをすごい食い下がりまして、お一人の女性を紹介してもらったんです。

その方にお願いして毎週10人くらい集めて頂き、そこでこの心理の講座を始めました。

ヒーラーとして、私がやっているのはエネルギーヒーリングだったんですが、教えたのは心の仕組み、心理学なんです。それが、毎週やってどれくらいかな?3,4か月かけてずっと教え続けたんですけど、一通りワンクール終わった時に「もう一回教えてください」って、その人達が言ったんです。

「わかりました、もう一回やりますね」と、最初から各論を教えて行って。すると終わった時に、かなり遠いところから来てくださった方たちが「自分たちの地域で教えてください」って。

そこから岐阜と名古屋と豊田の三か所で教え始めて、ワンクール終わったら「また教えてください」って。ここからずっと始まりました。

なので、心の問題、心の仕組みというのは1回聞いただけでわかったということではなくて、体験的、体感的に入れていく必要があるし、また学んだことが自分の現実の中に本当に露わになっていくというか「あ、こういうことなんだ」という体験を通して一人一人の中に染み込んでいったんです。

最初出会った人たちが、やっぱり本当に人生に困ってる人たちばかりで、一番最初に会った時、私の顔を見るなり集団で泣き崩れていくんですね。

何が起こっているのかわからなく、私が教えようとしているのは心理学なのに「どうしたの?」みたいな感じだったんですけど。世界で一番不幸そうな主婦の集団という様相だったのが、学んでいくうちに本当にだんだん幸せになっていく。

「一人の人がこんなに幸せになるんだったら、だったらこの心理学、この心のことを教えていくというのは、すごく私にとっては生きがいになるな」

っと思いそこから広げていったんです。

そのうち東京とか札幌とか大阪・福岡などいろいろなところを飛び回って教えているうちに、何度も聞いて理解し始めた人たちがたくさん出てきて。その人たちが「これを教えてもいいですか?」って言ってきたんですね。

最初「人が楽になっていくものが広がるんだったらいいよ」って言ったんですけど、自分が長年かけて構築してきたものが、捕っていかれるような気持になって、なにかシステムを入れる必要があると思い、今のキャラクトロジー心理学協会というものを作りました。

皆さんが、それに触れて学んで教えられるような仕組みを作っていったんです。

ー協会を立ち上げられたのは何年前ぐらいですか?

協会はちょうど3年前くらいですかね。

ー3年間の協会での活動はどんなことがありましたか?

いろんなことをしました。イベント出店をしたり、本当にキャラクトロジー心理を教えるマスターさん達、先生達を次々と作ったり。

でも私の仕事はどちらかというと新しいスキルを作っていくといくか、私はヒーリングをクリエイトしていく方が大好きなので、次々とどうやって自分の心の中の問題の深部に置いていくのか。ほかの人に「あなたにはこんな過去があります」と言われては意味がないんです。自分で気が付いていくことによって、自分が癒されていくという過程をえる。

なので、自分自身でそこに至るにはどうしたらいいのかというのが、キャラクトロジー心理学の様々なスキルの根底にある。つまり、主体性や自分にリーダーシップを持っていることが必要だし、また、自分に権威を持っている。自分の不幸は自分の責任。自分の幸せも自分の責任というところで自己責任を真に取れる人たちが増えれば、この世界は必ず変わると信じています。

ーありがとうございまいた。Vol.2では山本さんの著書である「バウンダリーの教科書」についてお伺いしていこうと思います。


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